牧師招聘委員会「礼拝を取っ掛かりに理想の牧師像を浮かび上がらせる」

今日は、来週の牧師招聘のための信徒会を開催するに当たって、牧師招聘委員会の時を持ちました。

前回に引き続き、「牧師を招聘するに当たって、私たちは自分たちの教会をどのようにしたいのか?」と言う議題は話し合いの大事な柱であります。

本日の話し合いのずっと聞いていて悟ったのは、「教会の目的をどう設定するか?」と言う問いが大事であると言うこと。そのことについて、明確な教会像が描けるからこそ、その上で「どのような働きを牧師に委託するか?」まで踏み込むことができる。

教会の一番の働きと言ったら、毎週日曜日に礼拝を捧げることです。だからこそ、「どんな礼拝にするか?」を考えるのは、教会活動の肝だと言えそうです。

臨時牧師の先生が仰っておられたが、牧師の宣教する回数は、月3回が限度とのこと。幾ら牧師と言えどもスーパーマンではない以上は限界はあり得る。それこそ、信徒が立ち上がって、教会や牧師を支えていきたいと思う契機も生まれるというもの。

誰かが「信徒説教をやりたい」と思ったとして、その発案者に助言者や協力者がついて、色々試行錯誤すればいいのではないか。そこに牧師が伴走すれば孤独ではないし、励ましと助けを得て、人は信徒説教の原稿を生み出せるのではないか?

これは、様々な役割を教会の皆さんが出し合うことで生まれる実りではないでしょうか。アイデアを出す人がいて、こうしようと考える人がいることで、あとは教会の皆さんで少しずつ達成していく。色々な人が集う教会では、やり方次第ではいいものができそうだと感じます。

「どんな礼拝にするか?」を先ず考えて、「来年4月から教会や活動をどうしていくか?」までビジョンを描いて、それが取り留めもないようなものであろうとも、そんな風合いの中にモザイクアートの如く、「理想の牧師像に対しての答え」が浮かび上がるのかもしれないですね。

これからも精査していきたいです。