私は元々、立派な人間ではありません。欠点も多く、橋本病という持病もあります。そのため、自分の理想どおりに人生が進まないと感じることもありました。
人生が自分の理想と違うが故に、次第に神様のような大いなる存在を慕うようになっていた。
今や、クリスチャンとして歩み、社会人としてしっかりと会社に勤め、外側からは普通な男性っぽく映っているのは、本当に神様のおかげ。
就職氷河期世代としてのハンデがあろうと、私は気にはしない。自分や周りが見ていなくても、神様は見ていてくださる。
毎日、何がしかの出来事があるが、私がしっかりと取り組もうとする気持ちを神様は受け止めて、私の学びの機会としてくださる。
毎日、私は何でもないようなことと出会い、それに対して応対しようとするのだが、そこには大事な出会いが潜んでいたのに気づかされる。
毎日の出来事を「無味乾燥なもの」として通り過ぎるか、神様から与えられるものを得て、神様と出会うチャンスを得るのか。
自分がしっかりと求める心をもってして、「神様、なぜですか?どうしてですか?どうか助けてください」と問うならば、
憐れみ深い神様は私の傍に立ち、いつも共にいて、私と一緒に人生を歩んでくださる。そこで受けた励ましの如何に大きかったことか。
振り返ってみると、神様は特別な出来事だけではなく、何気ない日常の中でも私を導いてくださっていた。
それを思ったら、安易に道を外れることはするまい。その気持ちを大事にしていきたい。
やっちんの信仰ログ