支えられた六月の司式

6月の礼拝司式の役割を果たして、肩の荷が降りたような気がする。

実は、教会学校奉仕者会のレポートをプリントするのに、駅最寄りのコンビニを利用しており、

自分自身はPDFという規格を理解していなかったり、教会のプリンターを利用していいのを理解していなかったり、

結構なてんてこ舞いの状況に陥っていた。なかなか難しい環境下で礼拝司式の奉仕をしていたようです。

言葉が途切れ途切れだったところがあったなぁ。礼拝を終えて、「礼拝の司式を乗り越えたね」と励ましてくださる方がいた。

なかなかに追い込まれていたのだが、どうしたらいいのかを教えてもらえたのは、良かったと思う。

順調に積み上げたところから、横道に外れるように感じるとヒヤヒヤするが、神様の支えと導きとでどうにかなった。

礼拝においては、司式は誰かが必ず担当する。6月は私でした。

教会の礼拝に出席する方々は私を見ているというよりは、神様を見ている面が大きいのではないかと思いました。

私が言葉遣いを間違えたとしても、礼拝に集まる方々は神様を礼拝するモードなので、私の間違いはあまり見ていないだろう。

私がそんな事実の一端に触れるなら、小さなことは水に流して、また来週から淡々とやっていけばいいのかな?と思える。

教会の運営は一筋縄にはいかない。互いに相反する内容について、折り合いをつける難しさも感じた。

それでも、神様が導かれるところに収束するどうか。そのために、できることを教会の皆さんと探っていけたらいいな。

明日も聖書を読むところから始めよう。

 

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