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困難に阻まれる時に

私も主任となり、2年の歳月が過ぎた。

会社において商品を出荷するために、事前の準備が必要になってくる。

その準備のために、会社のみんなで情報共有して、お互いに気付けるようにしようとしている。

その言い出しっぺとして、私が責任者として情報共有する立場となったが、緊張するものだね。

主イエス様だったらどうかと思うと、マタイ26勝39節に書いてあった。

そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。

マタイによる福音書 26:39
https://www.bible.com/ja/bible/1820/MAT.26.39.口語訳

主イエス様は困難にあっても、神様の御前に進み、神様に心行くまで祈られたのだ。

色々と祈って、最後は全てを神様の御手に委ねられたのだと読める聖書の箇所だと思います。

うつぶしになるとは、自分の全てを神様に委ねる象徴的な表現ではないかな。自分の側に選択肢がないから、明け渡す意味合いだと思える。

後は、御心がなるのを信じて歩むのみ。会社のみんなと連携を取れるし、何より神様とも連携が取れると思えたら、何だか楽になった気がしたよ。

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