‘慎みと悟りはまたあなたを遊女から救い、 言葉の巧みな、みだらな女から救う。 ‘
久々に、今日の通読箇所から書いてみます。
私自身は主イエス様を自分の救い主として信じているから、いつも主イエス様がおられるところに戻って、落ち着くことが叶うのかな?と思っています。
主イエス様を信じていなかったら、まさしく糸の切れた凧の状態。そこから私を回避させているのは、いつも読む主イエス様の御言葉。
箴言では、神様から与えられる知恵が私たちを誘惑から守ると教えています。その知恵を受け取るためにも、私は毎日御言葉を読み、主イエス様に立ち返ることを大切にしています。
外の世界に目を向けすぎて、右往左往することはある。そこは、私が主イエス様を仰ぎ見て、祈って、主イエス様が私の心を落ち着かせてくださるのを待つのみ。
そのためには、人生をしっかりと歩むこと。その時々で流れを意識しつつ、ちょっとずつ継続していく意識が必要なのだろうか。
主任として、色々なことに意識を向けるのは難しいが、これからも考えていこう。
やっちんの信仰ログ