本日の気づき(状況の難しさ)
今週の仕事が始まったところですが、会社の同僚が2人も体調不良で、仕事の負担が大きかったです。
何とか仕事を処理してきたが、負担が大きいためか疲れ具合もまあまあでした。
こういう時は、自分の力だけではどうにもならないことがあると感じます。
だからこそ、死さえも乗り越えられた主イエス様の復活に希望を見出したい。
こんな時に思うのが、主イエス様が私たちのために死んで、3日後に蘇られたという福音書の記述なのです。
主イエス様は十字架で私たちの罪のために死に、黄泉(よみ)に下り、死を滅ぼして復活されましたよね。
それに、地上で宣教の働きをされていた時の主イエス様の自然な歩みに思いを寄せてみると、
そのお互いが重なり合ってより確信を強く持てるようになるのかな?と、今日はちょっと思わされた。
主イエス様が病人を癒すのも、3日後に死から蘇られる奇跡も、神様の可能性は人間の限界に縛られません。
そう、主イエス様が仰っておられるように感じられるのです。私は状況を複雑に考えてしまうのですが、
主イエス様の復活は『神には不可能がない』という単純で力強い希望を示しています。
大切なことは何か
同僚が体調不良で仕事が増えた。色々な問題が重なると、人は状況を複雑に考えてしまう。
しかし主イエス様は、人を救うという本質を見失われなかった。
私も目の前の業務や不安に振り回されるのではなく、今日やるべきことを一つずつ行っていきたい。
「プロフェッショナル 仕事の流儀」というNHKのドキュメンタリー番組で、延吉正清さんがこう言っていました。
「プロは複雑なものを簡単にするんですよ。アマチュアは簡単なものを複雑にする。
プロっていうのは、こんな病変もさーっと終われる。これ、プロなの。」延吉正清(循環器内科医)
私たちは問題に直面すると物事を複雑に考えてしまう。しかし主イエス様は、人を救うという本質を見失われなかった。
当時の宗教指導者たちは、神様との関係よりも規則や体面を優先してしまうことがあった。
同僚の体調不良を私が解決できる訳ではありません。
しかし主イエス様は、人にはできないことも神にはできることを示されました。
だから、私も目の前の問題に飲み込まれず、本当に大切なことを見失わないようにしたいです。
やっちんの信仰ログ