礼拝の司式をして見えてきたこと

司式の奉仕

2026年の6月は、所属教会において私が礼拝の司式をすることになっています。

6月7日の本日が最初で、次は14日、21日、28日と続いていく予定になっています。

私は2025年度から教会の執事(役員)を務めており、司式は半年のうちで一月を担当するので、

2026年度の上半期で、3度目となる司式の奉仕となります。今日はその最初の日でした。

ブログとメタ認知

このところは毎日ブログを更新しているからか、生活にリズムが生まれて、考える習慣もあるためか、

今回の司式はやりやすかったと感じられました。目の前のことをしつつ、メタ認知を働かせられたのは大きかったです。

メタ認知とは、「自分の認知(考えていること、感じていること、記憶していること)を客観的に把握し、

コントロールする能力」を意味する言葉です。私たちクリスチャンは日々聖書を読み、

信仰者として歩みをするための土台を築いている訳ですが、ブログは実践の訓練に相当していたようです。

開式の祈りで意識したこと

ブログは自分の考えを論理的に表すことで、自分の言いたいことを筋道立てて言おうとしますよね。

私は日々聖書を読み、日々考えて試行錯誤していって、色々と思うところがあったようで、

今回はパズルを組み立てていくように言語化していくことを並べていき、表現していけたと思っています。

具体的には、礼拝における開式の祈りは意図的に、短く区切るように心がけました。

概略としては、以下の通りです。

①礼拝に出席できることへの感謝

②自分の意思で礼拝に来たと思ってはいても、実は神様からの招きがあったことへの感謝

③神様の御前に自分自身を置き、神様からの罪の赦しをもって整われて、導きが与えられますように。

④教会へ来られない方々にも等しく恵みがありますように。彼らに寄り添われる隣人の方々への祈りも込める。

⑤礼拝で宣教される方がしっかりと聖書の御言葉を語れるように、導かれますように。

礼拝とは、それをお捧げしようとする方々が神様から大事にされて、私たちの罪を赦してくださって、

愛と赦しと恵みと新たな導きをもって私たちを充満してくださり、また一週間の生活へと送り出されていく。

そのような祈りの言葉が神様から与えられて、噛み締める時に、大いなる存在が伴われている気がするのです。

今日の司式を通して思ったこと

神様がいつも私たちと一緒にいてくださり、笑いは2倍になり、悲しみは半分になる。そう思う時に、

背負っているものが重くは感じてはいるが、勇気を出していく重要性を思い出されるのです。

私は特にオロオロしてしまい、右往左往しやすい人間でありますが、勇気を持って主体的に人生に向き合う時、

難しいことがそこまで難しいものだと受け取らなくなるような気がします。

全力を尽くしてやっていき、神様にお捧げしようとするならば、そんな悩むこともありませんよね。

人生にハリを与えられて、メタ認知を働かせて今日の奉仕について思い巡らす時、

神様が味方になってくださる事実を目の当たりにして、大丈夫だと確信が持てることに感謝しています。

今週も神様に委ねつつ、淡々と歩んでいきます。

 

 

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