経験の浅い後輩たち
このところ、主任としての働きが会社において、多くなっていっていると感じています。
日頃、私は後輩社員やパートさんとコミュニケーションを取り、一緒に仕事をして、彼らが迷ったら教え導き、
何とか彼らに成功体験を得て欲しいと思いながら、日々の仕事に励んでいます。
そんな中で、後輩社員やパートさんは疲れを覚えながらも、仕事を処理すべく一生懸命に頑張ってくれています。
上手くいく場合があれば、課題が残る場合もありながらも、なぜ私とは違ってまだまだ成長途上なのだろうと思ったので、以下に書いてみます。
成長途上と一人前の間
私の下にいる後輩たちは最近になって採用されたり、パートさんから正社員登用されて昇格したりしている方々が多い。
自動車免許を得たばかりの経験の浅い、右も左も分からないような人が殆どで、慣れていないのは仕方ないとは思っている。
しかし、私は慣れていないのだけが、私と後輩たちとの違いではないと思っている。習慣の違いが圧倒的であると思っている。
私が入社したばかりの時は、大学ノートとボールペンを持って職場へ行き、説明されたことを逐一記録していた。
書いたものを読んで後で読み直す訳だけど、その時は既にクリスチャンだったため、考えて黙想する習慣は武器として持っていた。
そこから学んだことを幾つか記憶して、また明日からの仕事にその知識をインプットして、また新たなアウトプットを得ようとした。
振り返ると、私は学んだことを早めに仕事へ活かそうとしていた。考えるのに慣れたら、仮説を立て、検証し、その途上で試行錯誤して証明に至る。
そうすることで、段々と思考が立体化されて、新たなことを発見して、それがまた自分が良い評価を得るために用いられる。
人間である限り、仕事が嫌だとか億劫だとかは少なくともあるはずである。私だって、気乗りしない時は頻繁にある。
何もやる気があったから、私は成功して主任にはなっている訳ではない。私の場合は、読む・考える・行動するという習慣が、
聖書から学ぶ姿勢によって支えられてきた。
12弟子たちが辿った成長プロセス
新約聖書の福音書において、主イエス様が12人の弟子たちを選んで、寝食を共にしながら弟子たちを教え導いた箇所がある。
12人の弟子たちは主イエス様から様々なことを教わり、今の私たちが知り得ないようなありとあらゆる神秘にも通じ、
実践的な訓練も色々と受けてきた。しかし、それでいきなり力量を発揮した訳ではなかった。
ただ、主イエス様に付いていくだけの人たちで、お荷物な状況にも受け取れるし、主イエス様を幽霊扱いしたし、
主イエス様が逮捕された時は我先に逃亡した。つまり、学んだことが直様役立つことは、あまりないということなのでしょう。
未熟だった12人の弟子たちだったかもしれないが、主イエス様の御側にいつもいて、良い影響は絶えず受けられていた。
それが発揮されるのが、ペンテコステ以降に世界の各所で伝道する弟子たちの立ち居振る舞い(キリスト教の礎となる)である。
一人前になる秘訣
人は知識を得て、考えて、行動してみて、成功体験と失敗経験を受け取る。普通の人なら、そこまでで終わるのがありがちな結果だ。
大切なのは失敗だからといって凹まず、主イエス様の御側のような思考の拠り所を育てていることが重要だ。本を読むことが重要である。
本から得られる思考の形態の上で、現実的なさらなる高みを目指して考えて、現実的に歩みを進めて、回り道を厭わないようにすべきだ。
主イエス様から直接教わるのが知恵の宝庫であるように、良い本を読むのは知恵を得る絶好の機会である。
私もこれから先、学び続ける習慣を大切にしたい。そして何より、聖書から学び続けたいと思う。
やっちんの信仰ログ